株式会社CoA Nexus ボードメンバー、東北大学 多元物質科学研究所 講師
研究キーワード:機能性有機材料/高分子化学/超分子化学/電気化学/エネルギー変換
研究者を志したきっかけは一冊の本でした。もともとは教育者志望で、学部生時代には将来予備校講師になるか研究の道を進むか迷っていました。そんな折、恩師のすすめでPCR法の発明でノーベル化学賞を受賞したキャリー・マリス博士の本「マリス博士の奇想天外な人生」を読み、胸を熱くしたのを今でも覚えています。マリス博士は当時のガールフレンドとドライブをしている最中にPCR法の原理を思いついたそうです。「ー私は再び車を止めた。アイデアが頭の中で再び炸裂していた。(中略)すばらしい!無敵だ!ハレルヤ!」アクセルを踏み込んだ車はカーブの路肩に乗り出し、やまない興奮でダッシュボードから封筒と鉛筆を取り出すと、勢いのままそのひらめきを書きつけたそうです。「私もこんな興奮体験をしてみたい」と純粋に心惹かれました。
また、学部生時代、指導教授であった早稲田大学大学院 先進理工研究科の西出宏之 教授(現 名誉教授)との最初の面談で「ノーベル賞をとりたい」と伝えると、後に「だったらスウェーデンの一流の研究者のところでも研究しなさい」と、スウェーデンにあるウプサラ大学(ノーベル賞受賞者を数多く輩出する北欧最古の大学)のマーティン・スジョーディン先生と共同研究をする機会を与えていただきました。この出来事も、アカデミア研究者としての道を選ぶ大きなターニングポイントとして、強く心に残っています。
私の研究領域はエネルギー貯蔵・変換に関わる機能性有機材料です。特に、エネルギー生産には欠かせない金属触媒の代わりとなる新しいプラスチックを創り出す研究をしています。例えば、燃料電池の原料となる水素や酸素の製造過程(水分解)では触媒として白金などが使われていますが、これらの貴金属は高価です。より安価で持続可能で効率の良い触媒が求められていました。この課題に対して、博士課程では「白金に代わって水から水素を生み出すプラスチック」について研究し、それを含む成果が認められたことで育志賞をいただくことができました。
育志賞の受賞が拍車となり、アカデミア研究者としてさらに背中を押され、現在は東北大学で講師として、日々研究に没頭しています。思い返せば学部生時代、たまたま読んだ本の一節と、教授に叩いた大口に運ばれて、自分の夢見た研究者へと一歩ずつ近づいてきました。西出先生を始めとする多くの方々のご支援のお陰で、研究者の道を迷わず進むことができたのだと深く感謝しています。
博士課程を卒業し、いよいよアカデミア研究者としてのスタートラインに立ったとき、ポスドクの雇用があまりにも不安定であることを実感しました。私の周りには、優秀であるにもかかわらず、雇用期間が1年というかなり厳しい条件で雇われている若手の研究者もいて、「これは夢がないな」と唖然とした記憶があります。
また、アカデミアの世界は村社会のような側面があります。あまり流動性がないのです。一度あるポジションに収まってしまうと、限られた選択肢の中でその後のキャリアを決めていかなければならない場合もあります。実際にはそのような縛りはないはずですが、事実上「研究者に特化した」情報媒体やキャリア支援体制が確立されておらず、研究者各々に必要な情報が行き届いていません。
才ある若手研究者が、短期雇用の狭い社会の中で行き場を失くしてしまう。そんな状況を目の当たりにし、なんとかこの状況を変えられないかと葛藤していた矢先に出会ったのが、株式会社CoA Nexus(旧社名:株式会社Srust)の代表を務める野崎です。ふぐひれ酒を交わしながら意気投合し、「研究者専用のスキルシェア・プラットフォームを作ろう!」と立ち上げたのが、free-istでした。現在までに世界各国から約5,400人もの研究者に登録いただき、アカデミア内はもちろん、アカデミアと企業の双方で、研究者の雇用や副業を推進しています。今後さらにサービスを拡大し、研究者の流動化を進めることで、すべての研究者が自身に合ったポジションを見つけられるようになることを願っています。
自分自身が学生の指導にあたるようになってから、強く思うことがあります。上述の通り、現状の日本のアカデミア業界において、ポスドクなど若手研究者は任期が短く先の見えない不安を抱えています。研究を牽引する者にとって、博士学生は貴重な存在です。優秀な学生には、ぜひ博士課程に進んでほしいと思っています。一方で、その先の雇用や待遇を考えると、無責任なことは言えません。だから、「研究者になりたい」と伝えてくれた学生や、博士課程に進学することを決めた学生には、できるだけ自分の経験や知識、人脈を尽くして、彼らの望むキャリアパスを示してあげたいと考えています。博士課程への進学は、狭い世界に突入するのではなく、選択肢がたくさんあることを知ってほしいです。
また、生活費がネックで博士課程に進学することを迷っている学生も少なくありません。学振DCに採択されたとしても、月給20万円ほどで生活しなければなりませんし、研究業務に時間を取られアルバイトの収入もあまり見込めないため、決断するのは難しいでしょう。この問題に対処するため、free-istでは博士学生や若手研究者に、企業の研究開発部門のスポットコンサルを依頼する副業を開拓しています。博士学生は普段の研究の延長として副業が可能となり、短時間の面談で充分な収入を得られる仕組みです。企業の研究者とつながりを得られる点もメリットです。
雇用期間や待遇、低賃金が問題視されるアカデミア業界ですが、私自身も周りの多くの人に支えられてこれらの不安を一つずつ取り除いてきました。もちろん、自分の研究者としての能力を高め、生き残っていく図太さも必要ですが、周りを頼ることも一つの手段です。研究者を志す全ての学生が、より良い選択をできるよう、私も力を尽くしていきます。