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【バイオ】長寿の秘密!高分子ヒアルロン酸に注目!

いつの時代も長寿というのは人間にとっての悲願です。これまでの研究から、高分子ヒアルロン酸がハダカデバネズミの長寿性に寄与している可能性が示されてきています。

2023年8月23日のnature誌に投稿された論文” Increased hyaluronan by naked mole-rat Has2 improves healthspan in mice(1)”では、ハダカデバネズミのもつ高分子ヒアルロン酸をマウスに導入すると、その健康寿命が延びることが報告されています。

今回は、ハダカデバネズミや高分子ヒアルロン酸とは何なのかを概説し、なぜこの分子が長寿性をもたらすのかを考察していきます。また、この分子が種を超えて生物の寿命を延ばすことができるのかという応用可能性を紐解いていきます。

ハダカデバネズミとは

ハダカデバネズミは、ユニークな外見と驚くべき生物学的特性で知られる小型の哺乳動物です。この動物は主にアフリカの乾燥地帯に生息し、一見すると他の齧歯類とは大きく異なる生態や生理的特性を持っています。ハダカデバネズミの名前は、そのほとんど毛のない肌から来ています。この皮膚は、地下生活に適応するためのものであり、感触や環境の変化を感知するのに役立っています。彼らは主に地下のトンネルを掘りながら生活し、その空間を住居や食糧の貯蔵場所として利用します。社会的構造も特徴的であり、彼らは「女王」を中心とするコロニー生活を送っています。女王以外のメンバーは繁殖することはありません。このような生態系は、蟻やハチといった昆虫にも見られる特性で、哺乳動物としては非常に珍しいものとなっています。

ハダカデバネズミの最も興味深い特性の一つは、その長寿性です。彼らは30年近く生きることができるとされており、この寿命は同じサイズの他の哺乳動物と比較すると非常に長いものです。科学者たちは、彼らのがんに対する抵抗性や老化の遅さ、低酸素環境での生存能力など、この長寿性の要因を研究しています。そして、その要因の一つとして挙げられるのが、ハダカデバネズミの組織に存在する高濃度の高分子ヒアルロン酸です。この物質のはたらきによって、がんや炎症のリスクが抑えられます(2)。

その結果、彼らは健康な状態で長く生きることができるのです。

ヒアルロン酸とは

ヒアルロン酸とは細胞外マトリックスに存在する物質の一つで、体内における水分保持に役立っています。ヒアルロン酸は、N-アセチルグルコサミンとグルクロン酸という二種類の糖が繰り返し繋がった構造をしています。この構造が多くつながったものが高分子ヒアルロン酸で、少ないものが低分子ヒアルロン酸と呼ばれています。

ヒアルロン酸の糖鎖の間には、水分子が密集して入ることができます。そのため、水に混ぜると粘り気のある状態になり、たくさんの水分をキープできます。陸上の生物は空気に囲まれ、常に乾燥という環境的なストレスに晒されているため、ヒアルロン酸のこの機能は重要です。

ヒトの場合、皮膚、関節液や目の硝子体に特に高濃度のヒアルロン酸が含まれています。しかし、ヒアルロン酸は分解されるスピードが速く、その半減期は約2週間であることがわかっています。硝子体の細胞のように、ヒアルロン酸を合成している細胞もありますが、分解スピードが合成スピードを上回り、成長とともにどんどん減少していきます。

さてヒアルロン酸は従来、角質層への浸透性や保湿の持続性など主に美容目的で研究されてきたのに対して、近年ではがんにおける役割に着目した研究が盛んに行われています。例えば東京大学の研究チームの発表によると、高分子ヒアルロン酸はがん抑制性のシグナル経路であるHippoシグナル経路を活性化する一方で、高分子ヒアルロン酸が分解されて生じる低分子ヒアルロン酸は逆にHippoシグナルを不活性化し、がんの発症・進展を促すことが報告されています(3)。

高分子ヒアルロン酸は抗がん作用を持つ

前章で登場したHippoシグナル経路とヒアルロン酸の関係について詳しく見ていきましょう。Hippoシグナル経路とは、細胞が互いに密に接着することで活性化する経路です。この経路が活性化すると、転写共役因子であるYAPが細胞質から核内に移行するのが阻害され、その結果細胞増殖が抑えられます。多くのがん細胞ではHippoシグナル経路の破綻が見られ、細胞増殖が進んでしまいます。

高分子ヒアルロン酸はこのHippoシグナル経路をどのようにして活性化するのでしょうか。はじめに、Hippoシグナル経路の活性化にかかわる登場人物を整理しておきましょう。主役はもちろん高分子ヒアルロン酸です。この物質は細胞の外にあります。細胞膜にはCD44という受容体が埋め込まれており、細胞膜を貫通しています。細胞内部には、リン酸化酵素という物質の一種であるPAR1bがMST1/2という別の物質と結合しています。MST1/2は、単体ではHippoシグナル経路を活性化することができますが、PAR1bと結合しているときは活性化することができません。

高分子ヒアルロン酸はまず、CD44の細胞外に突き出した部分に結合します。すると、CD44の細胞内に突き出した部分にPAR1bが結合し、MST1/2と離れます。その結果、単体になったMST1/2がHippoシグナル経路を活性化します。高分子ヒアルロン酸がない状態では、MST1/2はPAR1bと結合したままであるため、Hippoシグナル経路は活性化されません。他方、低分子ヒアルロン酸はCD44と結合するものの、CD44とPAR1bの結合を誘導できないため、MST1/2はPAR1bと結合したままとなり、Hippoシグナルが抑制されることがわかっています(3)。

高分子ヒアルロン酸の抗がん作用は他の生物にも適応できる

ハダカデバネズミの組織に存在する高分子ヒアルロン酸のサイズは、マウスやヒトに存在する高分子ヒアルロン酸の5倍以上もあります。これはハダカデバネズミ独自のヒアルロン酸合成酵素に由来しています(4)。

したがって、ハダカデバネズミの高分子ヒアルロン酸によるがん耐性を他の種に適用できるかどうかは定かではありませんでした。

この疑問を解決すべく、ハダカデバネズミの高分子ヒアルロン酸合成酵素(nmrHas2)をマウスに高発現させたマウスが作製されました。ハダカデバネズミに比べて、マウスの組織にはヒアルロニダーゼ(ヒアルロン酸を分解する酵素)が多く存在しているため、nmrHas2の濃度が増加しても高分子ヒアルロン酸の濃度自体はそこまで増加していませんでした(1)。

実験の結果、nmrHas2を高発現させたマウスは、通常のマウスに比べて、生存期間が伸び、がんによる死亡率も減少しました。また、皮膚腫瘍の形成に対しても有意に高い抵抗性を示すことがわかりました。さらに、健康寿命の尺度である、体重・体温・被毛の状態・握力・運動能力・視力・聴力・骨密度などを総合的に評価したスコアも改善しました。加えてnmrHas2が導入されたマウスの肝臓では、若年マウスに多く見られる遺伝子が、老齢マウスでも通常と比べて多く発現していることがわかりました。この結果は、老齢nmrHas2マウスが若い状態にシフトしていることを示しています(1)。

これらの結果は、ヒト以外の生物による適応的進化がヒトに対しても適用可能である可能性を示しています。

おわりに

今回はハダカデバネズミの長寿の理由、そしてそれをマウスに適用した事例について紹介しました。昭和56年より、がんは日本人の死因の第1位となっています。今回紹介したような研究が進めば、抗がん治療や寿命延長戦略が更に進歩し、がんによる死亡者数も減少するかもしれません。よく巷で名前を耳にするヒアルロン酸ですが、生体内での働きはとても興味深いものが多いですね。今後も高分子ヒアルロン酸の研究に注目が集まりそうです。

参考文献

この記事の作成・編集

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