人間にとって4以下の数は数えやすく、5以上の数は数えにくくなることが古くから知られています。では一体どうしてそのような現象が起こるのでしょうか。この現象を説明するために、これまで2つの説が唱えられてきました。1つ目の説は、脳が数を数える方法は1つであり、数が増えていくとその分数えにくくなるので精度が落ちるというもので、2つ目の説は、脳は「小さい数を数える方法」と「大きい数を数える方法」の2種類を使い分けており、後者の精度が低くなっている、というものです。
この記事では2023年10月にNature newsに掲載された記事”Your brain finds it easy to size up four objects but not five — here’s why”(1)や関連文献を元に、ヒトが数を数える脳のメカニズムについて迫っていこうと思います。
数を数えられる動物は多く存在するがそこには限界がある
私たち人間は数を数える、計算する能力を持っていますが、他の動物も数や量を理こと理解できることが示唆されています。
例えば、カラスは「時間差見合わせ課題」と呼ばれる、パソコンで2枚の点画像を順に見せ、2枚目の画像に書かれた点の数が1枚目と同じときに「つつく」行動をとるとエサが貰えるという課題を学習することができます。他にもハチや猫など多くの動物も数を数える能力があることが報告されており、ホトトギスはウグイスに托卵する際、自分の卵と同じ数だけウグイスの卵を除けます。
動物の数量弁別能力には限界があると考えられており、小さな数の区別は容易ですが、大きな数になるとその差があいまいになるため区別が難しくなると言われています。例えば、カラスが4までしか数えることができないことを言い伝える有名な話があります。カラスはイギリスのとある城に巣をつくりました。城の主人はカラスを退治しようとします。しかしカラスは賢いため、主人がいる間には巣から離れ、主人が塔から離れると戻ってくるのです。そこで主人は、塔に2人入って、その後1人出るといったように城に残った人の数を騙すことを試みます。カラスは数を数えられるので、数が少ないうちは騙されないのですが、5人入って4人出たときには城に人が残っていることがわからず、退治されてしまいます。
人間のカウントも4~5という数字が最初に壁になる
我々人間も数を数える生き物ですが、4以上の数字になると途端に数えにくくなることが知られています。これは文化的にもよく見られることで、ローマ数字は4から形状が大きく異なりますし、英語で数字を表す際のカンマの位置は0を3つごとに区切ります。
また、直感的に数えられるのは4までであることも知られています。それを示す研究として、MITの研究者がアマゾンの奥地にすむチマネ族の人々に対して行った実験があります。実験の内容は、まず縦に数個石を並べて置いておき、その後、チマネ族の人々に縦に置かれている石と同じ数だけ横に石を並べてもらうというものです。
ここで重要なのは、チマネの人々の教育水準は限定的であり、それぞれの参加者の知っている数詞は異なるということです。今回の参加者は6~20までの数詞を知っていました。結果として、正確に石を並べられる限界の個数は知っている数詞よりやや少ない程度であり、全体的な傾向として石の数が4~5を超えると間違いが増え始めることがわかりました。
この研究により、直感的に数えられる数字の限界は3~4であり、それを超えると言語表現が必要になることが示唆されました(2)。
内側側頭葉には個々の数字に反応する神経細胞が存在する
なぜ5以上の数を即座に数えることができないのでしょうか。この現象を説明するメカニズムについての議論は長年行われてきました。
今回発表された研究では、17人の脳神経外科患者を集め、ある課題を行わせたときの内側側頭葉の神経細胞から神経活動の記録を行っています。課題とは、コンピューターの画面に映し出される点刻の数が偶数か奇数かを判定してもらうというものです。この課題においても、おおよそ4を境に誤答率や回答までの時間が有意に増加することが明らかとなっています。
しかし、何より面白いのが、ある数字を見た時に選択的に反応する神経細胞が存在したということです。この細胞は、「(その細胞が)選択的に反応する数字」と「提示された数字」が離れれば離れるほど活動が低下します。例えば、2が提示された時にたくさん反応する神経細胞は、4や7が提示された時にはあまり反応せず、4よりも7に対しての反応性が乏しくなる傾向にありました。
さらに、1~3に選択的に反応する神経細胞は他の数字に対してほとんど反応しないのに対して、4~9に反応する細胞は比較的近しい数字に対しても似たような反応を示すことがわかりました。すなわち、神経細胞レベルで、1~3に対してはより厳密に反応することができるということです。
以上の結果より、ヒトの脳にある神経細胞の性質として、1~3を数える時と4以上を数えるときでは異なるメカニズムが働いていることが示唆されました(3)。我々人間が5以上の数は数えにくくなるという言い伝えには科学的な根拠があるようです。
当研究の意義と内側側頭葉に着目した理由
人間の脳が数をどのように認識・処理するかを研究することは、非常に重要なテーマとなっています。これらの研究は、我々が数学的スキルをどのように学び、発達させるのか、そしてそれをどのように向上させることができるのかを理解するのに役立ちます。将来的には、教育の現場での指導方法やカリキュラムの設計にも影響を与える可能性もあるでしょう。
また、内側側頭葉には海馬や扁桃体といった脳領域が含まれています。これらの領域は脳内の「数に関するネットワーク」と密接に関連しています。特に、海馬は記憶をコードしたり取り出したりするために重要な脳領域で、数の情報の保持や取得においても中心的な役割を果たしていると考えられます。
このような認知機能は、日常生活での計算や数学的な問題解決において不可欠です。内側側頭葉の数の処理における役割を深く理解することで、計算障害や他の数の障害を持つ人々のための新しい治療法やリハビリテーション方法の開発が進展することが期待されます。
おわりに
自然数は神が作ったと言われていますが、数を数えるという能力は人間に固有のものではなく動物にも備わっています。しかし、ヒトを含む動物が訓練なしで直感的に数えられる数字は4~5が限界だという説が有力です。本記事はこの現象について最近の研究成果を踏まえて解説してきました。しかし、疑問はまだまだ多く残ります。例えば、1~3に反応する神経細胞が他の数に反応しないのはどうしてなのでしょうか。また、4~9に反応する細胞にはそのメカニズムが働かないのはなぜなのでしょうか。人間の基本的な能力を決定づける神経細胞の性質に今後も注目が集まりそうです。
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