運営会社はこちら
キャリアインタビュー「逡巡と決断」

原理を問い続けた先に—
分野を横断する思考の研究者

原理を問い続けた先に 「分野を横断する思考の研究者」

加藤康男

(東京理科大学 研究推進機構 総合研究院 客員教授)

取材・文:R.N. (CoA Study Editors)

要約


半導体・電子回路設計を起点に、通信、起業、化粧品、商社、そして大学へと、分野と立場を越えて歩みを重ねてきた研究者・加藤康男氏。その根底に一貫してあるのは、「なぜこういうことが起きているのか?」という原理への問いである。分野が変わっても、立場が変わっても、加藤氏が見てきたのは常に“現象の構造”だった。

NEC*入社後に芽生えたその探究心は、NTT*での人体通信研究との出会いを経て、加藤氏を起業へと誘った。逡巡の時期は、リーマンショックと息子の誕生が重なった2009年前後。収入の波と父としての責任のはざまで会社継続を問い直した加藤氏の背を押したのは、師匠の一言「お前、学位取れや」だった。

決めれば道は開かれる。その体験を幾度も重ねながら、加藤氏は今もなお、分野に縛られない探究を続けている。

*NEC・・・日本電気株式会社
*NTT・・・NTT株式会社

萌芽「構造を見るという視点」


加藤氏が現在手掛ける研究は大きく2つある。1つは、人間や生物の「ゆらぎ」を計算に取り込む試み。

「世の中の現象って、決定論と確率論っていう2つのコンピューティングの形式があるんですね。僕らが普通使っているコンピューターは、入力に対して一意の出力を返す”決定論的コンピューティング”。1足す1は必ず2になるという世界です。 しかし人間の知性は本来曖昧で、ゆらぎや冗長性を含んだ確率論的な振る舞いを持っています。そうした「ややいい加減な知性」を、どう工学化できるかに向き合っているところです。」

もう1つは、福島第一原発の廃炉現場で高線量のためロボットが次々と機能停止する現実に向き合う耐放射線デバイスの開発だ。加藤氏は半導体領域でアナログ回路やセンシングに取り組んできた自身の背景と、化学品専門商社で6〜7年かけて蓄積したケミカル材料の知識を組み合わせることで、突破口を開こうとしている。

「そういったケミカルの材料をうまく組み合わせていければ、高線量の放射線の領域を防ぐことができる可能性があるんじゃないかなと。」

一見バラバラに見える2つのテーマ。だが加藤氏には、すべてに通底する問いがある。

「特定の分野に属するっていうよりも、その原理。そもそも何でこういうことが起きてるんですかねって。世の中の現象は、分野ごとに分断されているように見えても、必ず共通する構造を持っているはずなんです。私はその“根っこ”を探しているだけなんですよ。」

1987年、NECに入社した加藤氏の最初の仕事は、半田ごてを握りアナログ・デジタルLSIを設計することだった。そこで生まれた「なぜこの現象が起きているのか」という問いが、研究者としての出発点になった。

軌跡「人体通信との出会い」


1994年、NTT厚木通信研究所へ移籍した加藤氏は、テラヘルツ信号計測や光半導体に取り組む中で「人体通信技術」に出会う。人間の体そのものを通信媒体として使い、Suicaを出さずとも改札を通れる—NTTドコモがCMを制作するほどに注目を集めた研究だ。

原理自体はシンプルだ。人体表面に微弱な電界を形成し、その界面変化を利用してデバイス間通信を行う。財布もカードも取り出さず、触れるだけで認証や決済ができる世界観は、当時としては先進的だった。

「要するにSuicaを出す必要がないんですね。携帯電話を持っていれば、自動販売機にもアクセスできるし、駅の改札にもアクセスできる。わざわざ携帯を出す必要がない。」

加藤氏はNTT在籍中からこの研究の実証系を自ら設計し、世界で初めて測定データを取得する装置を構築した。その蓄積がのちの起業の核になり、10件以上の特許を自身の名義で取得した。

キャリアを重ねながら加藤氏の中に育っていったのは、専門を深掘りし続けることへの違和感だった。研究も、経営も、教育も—どれもインプットとアウトプットがある構造は変わらない。

「研究も経営も教育も、入力があり、変換があり、出力があるという意味で同じ構造を持っている。ノイズをどう扱い、フィードバックをどう設計するかという意味においては制御系の問題と本質的に変わらないと気づいたんです。そういう感じにだんだんなってきまして。いわゆるメタ認知ですよね。すごく広い視野で見ると、おそらく同じなんだろうと。」

2003年、その確信を胸に加藤氏は起業する。NTT時代の人脈を生かし、NTTドコモ、アルプスアルパイン、関西電力といった大手企業との研究開発・技術移転事業として船出。経営そのものも「インプットとアウトプットがある」という意味でエンジニアリングだと捉え、走り始めた。

逡巡「研究者と父親の狭間で」


起業から6年、順調に見えた事業に暗雲が垂れこめたのは2009年のことだ。リーマンショックが産業界を直撃し、研究開発への投資が冷え込んだ。

「やっぱり周囲の影響を少し受ける雰囲気が出てきたんですね。お金がなかなか入ってきづらくなった。」

そしてちょうどその年、息子が生まれた。

「研究を優先するのか、経営を安定させるのか。それとも父親としての責任を最優先に置くのか。自分の中で“何を軸に生きるのか”を問い直した時期でした。子供が生まれたわけですので、最低限ハタチまで育てるのが親の義務だろうと思いました。」

社長時代には月収400万円近い時期もあったが、その一方で「給料ゼロ」ということもあった。

「収入の波はもとより、『この不安定な構造の上に家族を乗せていいのか?』という問いが重いと感じました。」

研究への情熱は揺るがない。しかし父親という新たな立場の前で、「このままで良いのか」という問いは確かに加藤氏の内側に根を張った。

決断「学位を取れ」


起業後、加藤氏は慶應義塾大学SFC研究所の研究員を兼務していた。事業の傍らで研究活動を続ける場として選んだ場所だ。そこで師と仰ぐ先生に、ある日「先生、僕はこれからどうしたらいいですかね?」と打ち明けた。返ってきた言葉は短い。

「お前学位取れや。」

その一言が、加藤氏の背中を押した。

「もう取らないと人生終わると思って、取るしかないなって。そこで本当の意味で決めたんですね。」

「ところで学位ってどうやって取るんだっけな」と、どこか漠然とした思いを抱えながらも、決めた瞬間から道が開け始めた。同じ頃、NTT時代の上司から何十年ぶりかの連絡が届き、「青山学院の先生が人体通信について聞きたがっている」と。「メシ奢ってくれるんだったら行きますよ」と軽口を叩きながら向かった席で、加藤氏は初対面の教授と向き合い、直感した。

「あ、俺ここに来るんだな、なんかもう直感というか、ここは俺の場所だって思ったんですよ。」

慶應SFCの師匠は「俺が論文見てやる」と言ってくれた。だが工学か理学で博士号を取りたいという思いもあり、最終的に青山学院大学で学位取得を決断。44歳にして社会人ドクターとしての日々が始まった。

「決めた瞬間にすべての環境が整うわけではありません。ただ、自分の意思決定が行動を固定し、その行動が周囲を動かし、結果として道が形成されていく。「決めれば決めた通りになるように、ちゃんとそういう設計が、環境が出来上がるものなんですよ。」

「取れたらいいなっていう人は絶対取れないんで。もう取らないと死ぬっていうぐらいの感覚じゃないと、まあ無理なんですよね。」

コラム


博士号取得が、その後の加藤氏の扉を次々と開いていく。

きっかけは、社会人ドクター時代に参加した異分野交流会だった。資生堂の研究者がたまたま出席していて、加藤氏に声がかかる。「美容というのも、感性や感覚—スベスベ、サラサラというオノマトペで語られるものを定量化しないといけない。あなたに貢献できる場所があると思う」。こうして加藤氏は、電気電子とは異なる文化圏に自ら踏み込み、感性の定量化と脳科学を掛け合わせながら研究を展開していった。現在脳のゆらぎに注目しているのは、この経験がキッカケだったという。

研究者としての活動は国際舞台にも広がった。社会人ドクター時代、国際電気通信連合(ITU)から突然連絡が届き、タイで開催される「テレコムワールド2013」への招待を受けたのだ。ITUのトップ、ハムドゥーン・トゥーレ事務総局長がわざわざ加藤氏のブースを訪問し、周囲にはカメラマンの砲列。青山学院の学生を4人引き連れて臨んだその場で、加藤氏はナイジェリア政府の公式晩餐会にも同席することになった。

「一国の政府の公式晩餐会ですから大統領も来るんですよ。とんでもないような場に足を運ばせてもらって、いやあ国際舞台ってすごいんだなって。」

今は化学品専門商社の現場で、ケミカルメーカーの営業担当者が顧客から持ち帰る「困りごと」に耳を傾けながら、新事業の種を育てている。大手化学メーカーとの匂いセンシング事業や、次世代AIの共同研究がその成果として形になっている。

50歳で取得した博士号は、専門を横断しても研究者として立つための“信用担保”となった。

「置かれた場所で、自分の価値を周りに示すことができるような構造を作れるかっていうのが次のサバイブの要件になってくるんだろうなと」

加藤氏はこれからも、それぞれの現場で「困りごと」を解決し続けていく。

 

結語


時代は決して明るくない、と加藤氏は率直に言う。

「一生懸命勉強して大企業に入ればそれで安泰だと、ずっと言われて、結果的にそれも嘘だったんですけど。若い、中堅も含めてですけど、どうやって研究環境を見つけていったり、自分の価値を高めていけばいいのかと、非常に難しいところではあるんだろうなと思うんですよね。」

それでも加藤氏は、若い人たちに「決めること」を説く。その背景には、時間についてこう考えるからだ。

「時間って積み上げじゃなく、未来から流れてくるんですよ。今日何時にこのインタビューを受けると決めたのは過去の自分ですよね。過去の自分が決めて、その通りの行動を今してるわけです。ということは、今の自分が将来の自分の行動を決めたっていいわけですよね。」

時間は積み上げるものではなく、決めた未来の方から回ってくる—だからこそ、ゴールを先に設定することに意味がある。

「学生や若い人に言うのは『ケツ決めろや』って。人間は設定したゴールの通りにしか人生進みませんよ。なりたい自分の像を確立して、ケツを決めておけば、明日何をやればいいか、今日何をやればいいかが決まるから、とにかく決めなさい」

決めた先に、道は現れる。 加藤氏の歩みが、それを雄弁に物語っている。


よろしければ、本記事のご感想をお聞かせいただけますと幸いです。

ご感想をお聞かせください

CoA Nexus総合トップ