運営会社はこちら
企業インタビュー

アサヒクオリティーアンドイノベーションズ株式会社

研究者を大切に
—組織文化が支える「新しさ」への挑戦

ビールや食品・飲料で知られるアサヒグループ。その研究開発の中核を担う アサヒクオリティアンドイノベーションズ株式会社(以下、AQI) では、多様な専門性の垣根を超え、未来を視野に入れた研究が進められています。

未知のテーマへの挑戦を認め、失敗を前提に挑み続けられる研究開発会社としての文化。そして、博士号取得を一つの通過点と捉え、その先も研究者が研究者であり続けられるキャリアを制度として支える仕組み。

個人の情熱と組織の意思が重なったとき、研究はどこまで広がるのか。

その実践を体現する一人として、AQIでシニアフェローを務める、鈴木康司さんにお話を伺いました。


■プロフィール

鈴木 康司 —Dr. Kouji Suzuki

アサヒグループホールディングス株式会社 コーポレートオフィサー
兼務 アサヒクオリティアンドイノベーションズ株式会社 シニアフェロー

 


アサヒクオリティアンドイノベーションズ株式会社
 

アサヒグループ内外の環境分析から未来シナリオを策定し、バックキャスティング思考で研究テーマを設定。
幅広い研究テーマの推進を通じて、ヘルス・ウェルネス・サステナビリティという3つの価値を追求し、人・社会・地球のWell-being実現を目指しています。

 


目次

食品・飲料だけじゃない。

── アサヒといえばビールですよね。AQIでも食品や飲料に関する研究に取り組んでいるイメージがあります。

はい、もちろんそういった研究開発は盛んに行われています。ですが、そのイメージからは全くかけ離れた研究も進められているんです。例えば「カーボンニュートラル燃料」を作ろうとする試みが、この3年、4年ぐらいで動いています。

ビールづくりには酵母という微生物が欠かせませんが、他の微生物が悪さをすると腐ったり品質が落ちたりします。微生物のコントロールが大事なんです。そういったわけで、ビールの研究をしてきたアサヒは微生物に強い。だから、最初は微生物を活用して、バイオ燃料なんかを作れないかと話していました。

でも、今私が取り組んでいるのは”微生物を使わない”カーボンニュートラル燃料作りです。ビールでもなければ、微生物も使いません。

── それは意外で面白いです。この研究テーマは鈴木さんのこれまでのご経験と関連があったのでしょうか?

それが…、私にとって初めての分野なんです。

私は1992年にアサヒに入社して、最初はビールの商品開発部門に所属していました。ただ、2年目の夏、アサヒビールで微生物の品質に関する課題が見つかりました。これをきっかけに研究所内に対策プロジェクトのチームが組織されて、私も数多くの研究者の1人として、そのプロジェクトに参加していました。ここから、30年間にわたる「悪玉微生物退治*」の研究がはじまります。


紫綬褒章受賞|ビール製造における「悪玉微生物退治」

1985年前後から広く普及を始めた生ビール。「生」とは、加熱殺菌(火入れ)を行わない製法です。風味を生かすため、従来行われていた火入れを省いたことで腐敗や劣化のリスクと隣合わせの品質管理が余儀なくされた時代でした。

微生物検査は、安全で美味しいビールを作るために欠かせません。ビールの中で育つ微生物はもともとそんなに多くないものの、ライバルがいないからこそ、生きられる菌種 (=悪玉微生物 )はビール製造環境でどんどん繁殖してしまいます。特定の菌種を見つけ出すのは、コロナ検査でも馴染み深いPCR技術。鈴木さんは、ビールで生育できる菌種が必ずもつ「ホップ耐性遺伝子」を見つけ出し、確実に検出する技術を開発することに成功しました。

この研究成果も含め、鈴木さんは2020年に紫綬褒章を受章しています。

(こちらの記事も併せて御覧ください)


ではなぜ、今こういうテーマの研究をしているかというと、現在のポジション(シニアフェロー)に就いたことが大いに影響しています。

アサヒグループの研究開発の中核としてAQIが設立されてから半年ぐらい経った頃でしょうか。社長から「専門職制度」というものに力を入れたいと話を受け、その制度の中のという役職に任命されました。その時に言われたのが、「(悪玉微生物退治の研究を) 一旦ちょっと止めてくれ」ということでした。

当時、具体的に何をしろとは言われず…。ただ、「何か新しいものを見つけて、その研究に従事してくれ」というのが社長のお願いでした。そのうちの一つがカーボンニュートラル燃料のテーマに育ったんです。

── 微生物を使わないということでしたが、どんな方法でアプローチするのですか。

超臨界水というものをご存知でしょうか。水を臨界点、374℃・22.1 MPa以上にした状態のものなのですが。水も固体、液体、気体っていう状態を普通はとるんですけど、超高温で超高圧に晒すと、液体でも気体でもない、その両方の性質を持つような不思議な状態になるんです。

で、その中に例えばビール粕みたいなバイオマスを入れると、水が触媒になって炭素結合をブチブチと切ってくれます。有機物を切って、水素とか、メタンとか、一酸化炭素のような、いわゆる燃やせる燃料が出てくる。この技術を「超臨界水ガス化技術」と呼びます。

アサヒが得意なビールや飲料を作る過程で出てくる副産物、ビール粕などいろいろなものを超臨界水で反応させると、メタンや水素などバイオ燃料が作られることがわかりました。これで、製造過程で二酸化炭素を発生させない「カーボンニュートラルなバイオ燃料」の回収ができます。

── これまで経験のない分野の研究をどうやって進めているのでしょうか。

もちろん、他の研究者の方々の協力があってこそです。

超臨界水のテーマは、学会に参加したときの出会いがきっかけで生まれました。たまたま見かけたポスター発表が「含水率の高いバイオマスを燃料化する」という内容で、飲料・酒類製造工程で発生する水浸しの食品残渣と相性が良いと思ったんです。そのポスター発表をされていた大学の先生と共同で、現在も研究を進めています。

また、アサヒにはいろんなバックグラウンドを持つ研究者が所属しています。例えば、若い頃にお世話になった先輩はメタン燃料電池の研究をしていて、化学工学が専門のエンジニアなんです。その先輩からあるとき「微生物でカーボンニュートラル燃料ができる技術がある。でも僕はちょっとよく分からない。でもどうにかやりたいから手伝ってくれ。」と熱烈なメールが届きます。お世話になった手前、断るわけにもいかず(笑)。

もともとカーボンニュートラル燃料の分野に足を踏み入れたのは、こんなつながりがあったからだったりします。彼とは今でも一緒にこのテーマを進めています。

多様な分野で活躍してきた研究者がいるからこそ、「何か新しいものを」という期待を現実のものにできるのだと思います。

挑戦はかっこいい。

── 様々なテーマの研究に取り組んでこられている鈴木さんですが、「これは挑戦だったな」と感じられたご経験はありますか?

これは2011年、私がアサヒグループ研究開発センターに所属していた頃の話ですが、アサヒでは循環型農業への取り組みが進められていました。牧場から出てくる堆肥を農業に、農業残渣を牛の餌に、というような形で自然にやさしいエコシステムをつくるのが循環型農業です。中国の山東省で進めていたプロジェクトで、中国の乳牛牧場が舞台でした。

私が依頼されたのは、乳房炎からウシを守ること。乳房炎とは、細菌感染などでウシの乳房が炎症を起こして、乳量や乳質が落ちる病気です。でも、私は獣医でもなんでもないんですよ。それでも「微生物の専門家なんだから」と言われて、とにかく牧場を訪れることになりました。

結果として、乳房炎に対する微生物検査系を立ち上げたんです。それを元に予防や拡大防止に努め、1500頭くらいの規模の牧場でしたが、半年ぐらいで乳房炎の発生を激減するまで抑えられるようになりました。

── 入社当初の「悪玉微生物退治」から「乳房炎退治」、さらには「カーボンニュートラル水素製造」まで、本当に幅広いですね。既存事業との距離感も、テーマごとにずいぶん違うように感じます。

そうですね。特にAQIは研究開発を専門に行う会社なので、事業会社とは違った雰囲気です。私は事業会社であるアサヒビール出身で、その後いろいろなアサヒグループ内の研究部署を転々としてきたのですが、AQIは中でも「挑戦をかっこいいことと許容する」会社だと感じます。

やったことのないことをやるのがすごく奨励されるんです。今までの延長の仕事をすると、「逆になんかつまらない」と言われてしまう。

カーボンニュートラルの研究テーマを社長に提案したときには「いいんじゃないか」とすぐに返事があって、「逆にいいんですか?」という気持ちでした(笑)。

── AQIで研究を進める上で、事業会社との違いは何でしょうか。

事業会社の研究所にいた頃は、やはり生産部門とかマーケ部門、商品開発と一緒に研究開発を進めていくので、「今日を支えている」とか「明日を作っている」という自負も相まって、大きなやりがいと充実感がありました。

また、自分が「ここ」をやればあとは全部繋がるといったように、研究のバリューチェーンの中で一人の役割が明確に定められているのも特徴的ですね。

一方、新しいことを求められる環境だと、何度もやっては砕け散って…という苦悩がついてまわります。事業会社にいた頃の自分からしても「この人たちは何をやっているんだろう…」と正直思わないこともなくて。でも私もこちら側へ呼ばれてしまって(笑)、いざやってみると本当に難しい。

でも、失敗してもまた挑戦するための環境が整っていることは恵まれていると感じます。やっぱり、失敗しないと上手くならないなと思っていて。そうして少しずつ成果につなげていく営みができるのは、研究開発専門の会社だからこそだと思います。

── 上手くいかないことも多い中で、研究者の方々はどのようにモチベーションを保っているのでしょう。

AQIでは研究者の「やりたい研究」を大切にしています。会社として任されている研究のほかに、勤務の一定時間を好きな研究に充てる取組みがあるんです。でも、その取組みに限らず、本人のそれまでの経験を活かして実験の方向性を定め、自分のやりたい研究をしているメンバーも多いんですよ。

また、会社の雰囲気も研究モチベーションの維持につながるところがあるかもしれません。AQIには、新卒としてアサヒグループに入社した社員も、キャリア入社の社員もおり、多様な経歴が集まっていますが、立場に関わらず互いを尊重する文化があります。とても公正で働きやすい組織だと思います。

加えて前述の通り、AQIには食品や微生物などを扱うバイオ分野とは異なるバックグラウンドを持つ研究者も所属していますが、アサヒの主流の分野から外れているからといって肩身が狭いわけでは全くなく、むしろ活き活きと大活躍をしています。

やっぱり他の人がやってないので、競争相手があまりいないんです。だから、当たれば大活躍できる。自分が「すごいでしょう」って言えば、トップの人も「すごいね」って。専門がバイオじゃない人もすごく活躍できるという点で、良い環境だなと感じます。

研究者のための2つの支援。

── AQIには様々なキャリアバックグラウンドを持つ方が在籍しているということですが、博士号取得者の割合も多いと伺っています。

そうなんです。研究開発部の約3分の1が博士号を取得しています。博士の採用をしているというのもありますが、会社として社会人ドクター支援制度を設けている背景があります。

実態としては、修士卒で入社される方のほうが当然多いのですが、特に若い世代では「なんとなく憧れがあって博士号を取りたい」と考える方も少なくありません。私は後輩研究者のこのような思いを大切にしてもらいたいと考え、6人ぐらいの若手・中堅研究員を支援しています。

アサヒグループの他の事業会社ではこういった支援制度がなく、仕事と学位取りの二足のわらじを履いて普段の業務の傍らで…となると、なかなか取得は難しくて。早くて3年、でもだいたい10年、人によっては20年経っても取れないなんていうケースもあります。

AQIはこの制度を作ったことにより、場合によっては国内留学してもいいし、コースドクターという形で2、3年ぐらい週一とか、遠ければ月一ぐらい先生のところに行ってディスカッションをする形で取得を目指せる。非常に取りやすい環境になっています。

── 社会人ドクター支援制度が、AQIに何をもたらすのでしょう。

博士号を取って、研究への情熱が高まり、「これからもいい研究をしたい」と思ってくれるメンバーは多いです。その熱を逃さず、持ち続けてもらうためにも「専門職制度」というものがAQIにはあります。

この制度は、エキスパート、シニアエキスパート、フェロー、シニアフェローといった形で、研究者として手を動かすことを止めず、キャリアアップを目指せる仕組みです。

博士号取得の支援が、専門職としてのキャリア形成を後押しし、研究者としてより高いレベルを目指すための入口になればと考えています。

── 専門職制度も新しく作られた仕組みなのですよね。この制度が作られた背景を教えてください

専門職というと、「キャリアの打ち止め」と連想する人は少なくないでしょう。

多くの研究者にとってキャリア形成の王道は、研究所の部長や所長へと昇っていくマネジメントの道か、あるいは研究戦略や事業化戦略といった本社機構で会社全体を動かす役割を担う道。その二つが「かっこいい」「イケている」キャリアパスとして語られてきた時代を、私も長く経験してきました。

一方で、博士号を取得して研究への強い情熱を持っている人たちを見ていると、博士号そのものはあくまで一つの到達点、いわば「高い山」に登るようなものだと感じます。前述の通り、若い世代ほど「研究者として、あの山にはぜひ登りたい」という純粋な動機で博士号取得を目指す人が多いですね。

ただ、山に登ったあとには、「次の山」にも挑戦したくなる。これまでの企業研究の世界では、その次の山が見えにくかった。部長・所長を目指すか、戦略部門への道へ進むか、その二択になりがちだったのが実情だと思います。

AQIでは、専門職制度を整えたことで、第三の山が生まれました。

── 研究者のキャリアを大切にしながら、研究開発を推進していく。そんな会社の姿勢が伝わります。

博士号取得という一つの目標に向かって挑戦できる環境を会社として用意し、その先には、研究者として手を動かし続けながら、さらに高みを目指せるキャリアがある。社会人ドクター制度と専門職制度が、そういう形でうまく連動していると感じています。

博士号を取って研究への情熱が高まった人が、「この先も研究で突き進んでいいんだ」「ちゃんとその先が用意されているんだ」と思えること。

AQIの場合、そのメッセージを制度として示せている点は、研究開発会社としてのひとつの強みだと感じています。

研究テーマに加え、キャリア支援の在り方にも革新性を感じました。研究もキャリアも諦めたくない研究者に、ぜひ知っていただきたい取り組みですね。本日は貴重なお話をありがとうございました。


Editor’s Comment

アサヒといえばビール。その固定観念を大きく覆すカーボンニュートラルへの本気の取り組みに、率直な驚きを覚えました。

バイオ分野にとどまらず、多様なバックグラウンドを持つ研究者たちが、それぞれの専門性を持ち寄りながら、高いモチベーションで挑戦を続ける姿。それは、「何か新しいものを生み出したい」「挑戦することはかっこいい」 ── そんな組織の文化に裏打ちされたものなのでしょう。

研究者のキャリアに新たな選択肢を提示する「専門職制度」もまた、研究者一人ひとりの専門性と挑戦を尊重する組織だからこそ生まれたものなのだと、鈴木さんの熱のこもった眼差しから強く感じられました。


よろしければ、本インタビューのご感想をお聞かせいただけますと幸いです。

ご感想をお聞かせください

CoA Nexus総合トップ