「がん」は日本人の最も多い死因です(1)。多くの研究者がこの強敵をより効果的に、かつ少ない副作用で打ち負かす方法を常に探求しています。これまでにがん治療に向けて様々な薬が開発されていますが、近年特に抗体薬物複合体(ADC)に注目が集まっています。この記事では、ADCとは何かという基本的な知識から、最近の研究や臨床試験の結果を概説し、ADC技術ががん治療の未来にもたらす影響について紹介します。
抗体薬物複合体(ADC)とは
ADCはがん治療における「ホーミングミサイル」のようなもので、3つの要素で構成されています。がん細胞に結合する「モノクローナル抗体」、細胞毒性薬物の「ペイロード」、そして抗体とペイロードをつなぐ「リンカー」です。抗体はがん細胞に発現する特定の抗原と結合し、ADCがエンドサイトーシスによって細胞内に取り込まれるきっかけをつくります。リンカーはこの取り込みの際にちぎれるように設計されており、ペイロードを抗体から分離させます。分離したペイロードは毒物としての機能を取り戻し、細胞を殺す効果を発揮するようになるのです。このターゲット指向のアプローチは、従来の化学療法と比較して副作用を減少させる狙いがあります(2)。
2017年以降、いくつかのADCがFDA(Food and Drug Administration)によって承認されました(2)。これらの治療法は、様々ながんの治療において優れた効果とターゲットへの特異性が示されています。研究者たちは、薬効を高め、薬剤耐性などの課題を克服するために、より良いリンカーやペイロードの開発に努めています。
進化するADC
ADCは現在までに3世代の進化を遂げています。
第1世代では、モノクローナル抗体を様々なリンカーの助けを借りて極めて細胞毒性の高い薬剤に結合させます。この初期のADCでは一つの抗体に結合するペイロードの数を操作することが難しく、合成されたADCの薬効にはばらつきが見られることが多い状態でした(3)。
一方、第2世代では抗体とペイロードの数の比であるDAR(drug antibody ratio)を調整することができるようになり、アミノ酸の置換、非天然アミノ酸の導入、酵素を用いたペイロードの結合など、革新的な抗体改変技術が取り入れられるようになりました(4)。
第3世代では、抗体上の薬物結合部位の不十分な制御や望ましくない副作用など、第1世代および第2世代のADCが直面した制限を克服することを目指し、抗原と抗体の相互作用を妨げることなく抗体と薬物の安定した結合を可能にする技術に焦点を当てています。これにより、副作用を抑えながら、より特異性高く薬物をがん細胞へ届けることができるようになりました(4)。
臨床研究での実績
Antibodies誌に掲載されたレビュー論文” Trends in the Development of Antibody-Drug Conjugates for Cancer Therapy”では、FDAが承認した12のADC、71の最近の研究論文をレビューし、128の臨床試験レポートを分析して、ADC研究開発の現在、そしてこれからの動向について考察しています(4)。
これまで行われたADCの臨床研究では、その大部分がHER2という乳がんに多く発現する分子を標的とした抗体を使用しています。HER2以外にも、TROP-2、FRα、EGFRなどが重要な標的であり、ADCの開発に向けてさまざまな抗原が探求されていることがわかります。
臨床研究の結果からは、ADCの効果においてリンカーとペイロードが果たす重要な役割が強調されています。最も頻繁に使用されるリンカーはバリン-シトルリン(Val-Cit)で、がん細胞内でペイロードを効果的に放出することができます。ペイロードに関しては、微小管重合阻害剤が最も一般的であり、特に強力な抗腫瘍活性を持つMMAE(モノメチルオリスタチンE)が特に注目されています。
ADCの市場成長
同レビューでは、ADCの市場成長についても考察されています。ADC市場は顕著な拡大が予想されており、具体的には、2020年に59.57億ドルと評価された市場は、2024年から2029年の間に68億ドルから154億ドルへと成長すると予測されています。
この成長は、世界的な製薬会社と中小規模のバイオテクノロジー企業との間での共同研究が盛んに行われ精力的に開発が進んだことで、ADC候補の数が増加していることに起因しています。さらに、2000年以降、米国FDAによって12のADCが承認されており、そのうち9つは2017年以降に承認されたことから、新しいADCの開発と承認が最近加速していることが示されています。
こういった背景から、ADCの市場シェアは今後も上昇し続けるでしょう。
おわりに
ADCはがん治療における有望なアプローチであり、特定のがん細胞を標的とすることで、副作用を減少させながら効果的にがんを攻撃することができます。ADC技術は、モノクローナル抗体、細胞毒性薬物、そしてこれら二つを結びつけるリンカーから成り、この組み合わせががん細胞内での効果的な薬物放出を可能にします。最近の研究の進歩により、いくつかのADCがFDAに承認され、市場においても、ADCは急速に成長しており、2020年の市場規模は59.57億ドルであり、2024年から2029年にかけて68億ドルから154億ドルへの拡大が予測されています。これらの動向から、ADCががん治療の未来における主要な役割を果たしていく未来が期待できます。ADCが身近な抗がん剤になる日もそう遠くないかもしれません。
参考文献
- Cancer Prevalence Projections in Japan and Decomposition Analysis of Changes in Cancer Burden, 2020–2050: A Statistical Modeling Study
- An Insight into FDA Approved Antibody-Drug Conjugates for Cancer Therapy
- Antibody–Drug Conjugates: A Comprehensive Review
- Trends in the Development of Antibody-Drug Conjugates for Cancer Therapy
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