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【バイオ】アルツハイマー病の新たな治療標的?脳内の老化ミクログリアに注目!

この記事の監修者                                                     ※監修について

竹内 春樹 先生

東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 教授

研究キーワード:匂い/神経回路/発達と老化/可塑性/スポーツ
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アルツハイマー病(AD)はアミロイドβの沈着やそれに伴う神経細胞死を病理学的特徴とする神経変性疾患です。これらの病態には多様な因子が関与していますが、その中でも脳内の免疫細胞であるミクログリアが果たす役割は非常に重要です。近年の研究から、TREM2という分子がミクログリアの活性化や炎症反応に深く関与していることが明らかになりつつあります。この記事では、TREM2とは何かという基本的な知識から、TREM2を発現する老化ミクログリアの役割や、老化ミクログリアがADの新たな治療標的となる可能性について紹介します。

老化ミクログリアの役割を探る

この研究では、TREM2を高発現する老化ミクログリアが、老化とアルツハイマー病(AD)における病理に悪影響を及ぼしているという仮説を立てています。この老化ミクログリアは、ADに対して防御的にはたらくとは異なり、ADで見られる認知機能の低下や神経炎症に大きく寄与していると考えられています。

研究の中心的な問いは、これらのTREM2を高発現する老化ミクログリアが、認知機能低下の進行において具体的にどのような役割を果たしているのか、また、DAMとどのように異なるのかという点です。さらに、老化ミクログリアをターゲットとする治療が認知機能の改善や脳の炎症の軽減に効果があるかを探求します。この研究の目的は、TREM2を発現する老化ミクログリアの特異な役割を解明し、それらをターゲットとする新たな治療法の可能性を模索することです(1)。

TREM2によるアミロイドβ蓄積の調節

アルツハイマー病の病理学的特徴としてアミロイドβ(Aβ)の沈着があります。このAβ蓄積に対して活性化するのが、脳の免疫細胞であるミクログリアです。活性化したミクログリアはAβを貪食することにより、脳内のAβ負荷を軽減する役割を果たします。

TREM2はミクログリアに発現する膜貫通型タンパク質で、特定の脂質リガンドやアポリポプロテインE(APOE)などに結合します。TREM2はDAP12と呼ばれるアダプタータンパク質と共にシグナル伝達を開始し、PI3KやMAPKなどの経路を活性化し、細胞内カルシウム濃度を上昇させます。この過程は、ミクログリアの生存や貪食作用の促進、炎症シグナルの抑制に関与しています(2)。

このようにTREM2はミクログリアの生存と活性化を促進し、Aβ蓄積に対する防御反応を亢進するため、ADのリスク因子として重要であると考えられています。。実際にTREM2の機能が低下すると、ミクログリアがアポトーシスを起こしやすくなることで、Aβの蓄積が進行し、神経損傷が増加します。特に、TREM2のR47H変異は脂質リガンドの認識を阻害し、ミクログリアの正常な機能を妨げます。これにより、ADのリスクが増加することが示唆されています(3)。

TREM2は 老化ミクログリアの維持増殖にも寄与する

では、TREM2が高発現している老化ミクログリアは、どのようなプロファイルを有しているのでしょうか。まず、研究者たちはマスサイトメトリーを用いて、様々なモデルマウス(高齢マウス、アルツハイマー病モデルマウス、タウオパチー*モデルマウス)で特徴的なタンパク質を発現する老化ミクログリアを特定しました。これらの老化ミクログリアはやはりTREM2を高発現しており、DAMのような他のミクログリアとは異なる集団であることが示されました。この特異なタンパク質発現は、老化ミクログリアがユニークな機能特性を持ち、ADの病理に特有の寄与をしている可能性を示唆しています。

次に、TREM2を欠損したマウスでは、老化ミクログリアの集団が大幅に減少していることが観察されました。この結果は、TREM2が老化ミクログリアの発達や維持に重要な役割を果たしていることを示唆しています。TREM2の欠如は、老化ミクログリアの減少と関連しており、TREM2シグナルがこれらの細胞の老化を促進する上で重要である可能性があります。

つまり、TREM2はAβの除去を促進する因子であると同時に、老化ミクログリアの維持増殖にも関与するかもしれないという、二面性をもった分子なのです。

*タウオパチー…神経原線維変化を示す神経変性疾患の総称

アルツハイマー病の新たな治療戦略

では、老化ミクログリアはADにおいてどのような役割を果たしているのでしょうか。研究者らは、アルツハイマー病モデルである5xFADマウスを用いて、BCL2ファミリー*阻害剤ABT-737を使用した老化細胞除去療法の治療効果を検討しました。ABT-737の投与により、老化ミクログリアの集団が効果的に減少した一方で、DAM集団には顕著な影響を与えませんでした。

注目すべきことに、老化ミクログリアの減少は認知機能の改善や脳の炎症の減少と関連していました。ABT-737の投与後、5xFADマウスは行動試験において認知機能の改善を示し、さらにリアルタイムPCRの結果から、炎症性サイトカインのレベルも低下していることが確認されました。これらの結果は、老化細胞が脳の炎症反応を増悪させ、認知機能の低下に寄与することを示唆しています。

ここでは、老化ミクログリアを標的とした治療法の可能性を強調しており、特にADにおいて神経炎症と認知機能低下を抑制するための有望なアプローチとなり得ることを示しています。さらに、TREM2の役割を考慮した新たな治療戦略が、神経変性疾患の治療において重要な意義を持つことを示唆しています。今後、老化細胞除去療法のさらなる研究が進展することで、より効果的な治療法の開発が期待されます。

* BCL2ファミリー…プログラム細胞死またはアポトーシスを制御する大きなタンパク質ファミリー

おわりに

この研究では、老化とアルツハイマー病の進行において、TREM2を発現する老化ミクログリアが果たす重要な役割を解明しました。TREM2はADにおいて保護的であると考えられてきましたが、高レベルのTREM2を発現するミクログリアが有害である可能性が示されました。TREM2を治療標的とする場合には、この複雑性を考慮する必要があります。

また、老化ミクログリアを選択的にターゲットとする老化細胞除去療法が、認知機能の改善と脳内炎症の軽減に寄与することが確認されました。このアプローチは、AD治療の新たな戦略として有望であり、神経変性疾患における細胞老化の役割を理解するための重要な一歩となる可能性があります。今後の研究では、ヒトでの応用可能性を検討することで、実際の臨床応用への道が開かれるでしょう。

参考文献

この記事の作成・編集

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