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Nanoplex, LLC(以下「Nanoplex」)はライム病*などダニが引き起こす病気への対抗策として、ダニの接着を阻害する製品の開発を行うバイオベンチャーです。今回はNanoplexの創設者であるJoseph Beyene博士に、人生の転機や会社設立までの経緯を尋ねました。

*ライム病…主に細菌ボレリア・ブルグドルフェリ(Borrelia burgdorferi)によって引き起こされる細菌感染症で、感染したマダニの咬傷によってヒトや動物に伝染する。

哲学に学ぶ知の喜び、師の足跡を辿りUCバークレーへ

私は現在、研究者としてのバックグラウンドを活かしてNanoplexを創業しCEOを務めていますが、高校時代までの私を知る人は誰一人この未来を言い当てられなかったでしょう。そのくらい、当時の私は学業に対して不真面目でしたし、多くの科学者が子供時代に経験するような「科学と触れ合う機会」とは無縁の環境にいました。

私の学びに対する姿勢が変わったのは、高校で哲学の授業を受けたときです。哲学を通して、哲学者が世界をどのように見るかという視点を学び、自分でも物事を深く考えられるのだということに気が付きました。当時私はすでに19歳か20歳でしたが、自分の潜在的な可能性を広げたいと考え、哲学を教えてくれた教授がかつて通っていたUCバークレーに進学することを決意しました。

ある人は私に「高校での成績が悪いのに、なぜ受験するのか」と尋ねてきましたが、私は「最終的に断るのは向こうの自由だし、誰にでも受験する権利はある」と答えました。そうして果敢にもUCバークレーを受験しましたが、私の手元に届いたのは不合格を知らせる手紙でした。しかし、不合格通知の下の方に小さく「この決定が気に入らなければ、異議を申し立てることができる」と書かれているのを発見し、ほとんど望みはないと思いつつも、私はその権利を行使したのです。次にUCバークレーから来た知らせは、私の入学を認めるものでした。

ハーバード大進学が導いた、バイオテックとの新たな旅路

UCバークレーに進学した私は、まず哲学と社会学を学んでいました。しかし、しばらくして母が腎臓病にかかってしまい、「自分にできることは何か、学ぶべきものは何か」と考えるようになりました。そこで免疫学を学ぶようになったのですが、免疫システムの特異性に感銘を受けると同時に、初めて一人で教科書を読み進める楽しさに気がつきました。このとき、科学に携わることこそ自分の人生をかけてやりたいことだと確信したのです。

その後、サンフランシスコ州立大学に進学し、生命科学に係る授業を受けることにしましたが、当時は学費や生活費を稼ぐためにもアルバイトを余儀なくされ、すべてが大変でした。落第しかけていましたし、学ぶのをやめようかとも思っていました。そんな私のもとに巡ってきた希望が「RISE プログラム」です。

RISE プログラムは学業を支援するプログラムの一種ですが、NIHがスポンサーとなっており、研究経験を得ることができるだけでなく、給与も支給されるというものでした。このプログラムの噂を聞きつけた私は、管理担当の教授に自分も参加できないかと頼み込みます。3ヶ月間断られ続けたある日、突然教授から研究室に呼び出され、1名が辞退し私を採用できるようになった旨を告げられました。参加の意志を尋ねられ、すぐに返答しなければならなかったため、私はその場で「はい」と答えました。

RISEプログラムに参加できたおかげで、学外でのアルバイトの必要がなくなり、学業に集中することができて、成績はA+になるなど状況は飛躍的に改善しました。その後、無事にCell Molecular Biologyの修士号を取得し、ハーバード大進学の切符も手にすることができたのです。

ハーバード大学で所属した研究室では、同室の研究技術を応用したバイオテックのスタートアップを立ち上げようとしていました。私が自身のキャリアの早い段階で「いつか自分の会社を立ち上げたい」と起業に興味を抱いたのは、そこでの経験があったからです。

しかし私が卒業後に選んだ道は、すぐにバイオテック企業を立ち上げることではなく、生命科学分野のコンサルタントとして働くことや、投資会社のベンチャーフェローとして活動することでした。なぜなら、ベンチャーの一員として研究活動を進めた経験により、会社を創設するにあたり研究はほんの一部にすぎないことを理解したからです。どの疾患をターゲットにするのか、プロジェクトチームをどのように構築するのか、市場のニーズはどうなのか、保険は何をカバーするのかなど、研究以外の要素を学ぶことが必要だと考えたのです。だと考え、コンサルタントなどの道を選択しました。

ライム病を防ぐ独自のアイデアで、バイオベンチャー”ナノプレックス”を設立

博士論文を終えた後、契約社員としてコンサルタント業務に携わる傍ら、私はハーバード医科大学に再び招かれ、ライム病に焦点を当てた最初の研究コンソーシアムの結成を手助けしていました。その過程で教授たちとライム病について議論する機会があり、この病気について学べば学ぶほど、人々がどれだけ苦しんでいるかを理解していきました。同時に、この病気を防ぐ方法を開発できないかと考えるようになったのです。こうした活動の中で、私たちは伝染の媒介となるダニの付着を防ぐ独自のメカニズムを発見し、これが会社設立のきっかけとなりました。

ライム病をはじめとするダニ媒介性疾患は、解決することによる経済効果が大きな疾患です。人間だけでなく、動物や家畜にも影響を与えており、例として、家畜に対して年間180億ドルの損害を引き起こしています。私たちはすでにUSDA(米国農務省)のカトル・ティック・フィーバープログラムやマサチューセッツプログラムからの支援を受けていますが、彼らもこれが大きな問題だと認識しているのです。

よく、研究に専念せず起業した理由を聞かれますが、その答えは「スケーラブルな影響を与えたかったから」です。研究では一つの小さな対象に集中して新しい発見を求め続けますが、会社を作れば発見をもとに世界に影響を与えることができます。例えば、ModernaやPfizer、Genentechのように、会社を通じて世界中にリーチすることができるのです。だから私は、アイデアを製品に変え、それらの製品を中心にコミュニティやエコシステムを作りたいと考えています。

Nanoplexのゴールはライム病やその他のダニ媒介性疾患に苦しむ人がいなくなる社会の実現です。また、家畜に対するダニの被害を防ぐことで、畜産業に依存する国々や政府が食糧供給の安定を確保し、自立した経済運営を可能にすることも目指しています。この取り組みが成功すれば、莫大なコストを削減し、持続可能な経済の構築に大きく貢献できるでしょう。今はまだ計画段階ですが、私たちにはダニの生物学に則った全く新しいダニ予防に向けた有望な研究データがあります。今後の私たちが創る新しい産業に、ぜひ注目していてください。

次回は博士のキャリアチェンジに対する考え方や、現在置かれている自身の環境に悩む研究者のみなさんへのメッセージを伺います。

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