前回はNanoplex, LLC(以下「Nanoplex」) の創設者であるJoseph Beyene博士の人生の転機や会社設立までの経緯に焦点を当て、彼の歩んできた軌跡を紹介しました。(前回の記事はこちら)
私は母子家庭で育ち、あまり裕福ではありませんでした。ホームレスも経験し、時には絶望との戦いもありましたが、家族のサポートもあったおかげでそれらを乗り越えることができました。私の母は常に強靭な精神を持っていて、どんな困難があっても決して諦めない人でした。そんな母を見て育ったので、幼少の頃から諦めないことの重要さを理解していたのだと思います。
貧しい環境で育つと、資源が乏しいだけでなく、自信も失いやすいものです。私も自己評価が低く、周りを見ても自分に似た人、例えば黒人男性で研究者や医師になっている人が少なかったので、自分がそのような立場で成功するイメージを持つのは困難でした。しかし、UCバークレーのような自分よりレベルの高い環境に身を置いてみると、案外なんとかなることに気がついたのです。
経済的な不利や社会的な背景を克服するために最も重要だったのは、そういった外的な要因と戦うことではなく、自分自身の内面と向き合って自尊心を取り戻し、自信を持って前進することでした。もし自分自身を信じることができなければ、誰も私を信じてくれません。例え信じられなくても、諦めずに、時には信じるふりをしてでも進んでいくことが大切です。
私は常に、キャリアチェンジにおいては人間関係が最も重要だと考えています。たとえ給料が少なくても、人々が自分を支えてくれるとわかっているなら、その仕事を選ぶべきです。自分を真剣にサポートしてくれる人々を見つけることは精神的な安定にもつながり、仕事のパフォーマンスを向上させる上でも助けになります。一方で、周りの人々からのサポートが薄く、彼らがあなたをただの駒として扱う場合、仕事はスムーズに進まず、あなたが潰れる要因になるでしょう。
また、業界の中でつながりを築いておくのも重要です。例えば、バイオ業界では人々が互いに知り合っていて、さまざまな職場の状況や文化を教えてもらうことができます。マネージャークラスの人間がどのような仕事をしているか、一般社員がどのような環境で働いているかなど、実情がよく分かるのです。会社間の垣根を越えて業界内で仲間を作り、次に就くべきポジションや会社を慎重に見極めることが大切です。
こうしたコミュニティに属することで、転職先が見つかることさえあるでしょう。私は口コミによってヘッドハントされる機会を多く経験してきました。強調しておきたいのは、自分をアピールするためにも、人と会話をしてほしいということです。科学者は他人と会話したがらない人が多いのですが、一歩踏み出して見ましょう。例えば、業界のイベントに参加したならば、あなたの顔を覚えてもらい、人々にあなたのエネルギーを感じてもらう必要があります。それには会話をすることが不可欠です。この人と素晴らしい会話をしたことがある、だからこの仕事に適していると思う、といった具合にあなたの魅力を他人に伝えることで仕事を得る機会は飛躍的に増えていくでしょう。
自分が望むポジションがすでにある場合は、そのポジションに就いている人たちをよく観察して、その人たちがそこに至るまでにどのようなステップを踏んできたのかを調べてみてください。そして、一種のプロトコルのようにその経験を具体的に真似てみましょう。その上で、戦略的に行動し、連携を取るべき人々を適切に見極めなければなりません。
そして、自分自身を観察することも大切です。自分に正直になり、自分が本当に得意なことは何かを理解してください。考えてもわからない場合は、他人とコミュニケーションを取る中で自分の強みに気がつくかもしれません。職場でもあらゆるシーンで「助けてください」と言うのではなく、周囲に対し「どうすればあなたを助けられますか?」と問いかけるのです。そう聞くことで、相手に不得意をカバーできる自身の潜在的な能力が引き出される可能性があります。
自分のスキルセットを理解できたならば、それを更に発展させることができます。困っている人を見かけたら同じように「何をお手伝いできますか?」と尋ね、自分の強みを活かして問題を解決することで、自分の価値を示すことができます。もちろん、何でも無料でやりすぎないように注意が必要ですが、人と関わりながら自分の価値を示していくことが重要です。常に自分が誰かにとってどれだけ価値があるかを示すように心がけましょう。
CoA 編集部
研究者を志す学生やポスドクが道半ばでそのキャリアを諦めることは珍しくありません。経済的な不利や出身大学などのバックグラウンドの違いから起こる社会的な不利、人間関係を築く上でのトラブルなど、その理由は様々です。中には、自身の研究人生を守るためにアカハラと戦い続けた末に身体も精神も壊してしまうケースさえあるでしょう。
今回のインタビューからJoseph博士が研究者として大切にしてきたマインドセットに触れることができました。多様な困難を乗り越えてきた博士の、「自分を支えてくれる人々のいる環境を選択するべきだ」というメッセージは、確かな説得力と研究者のみなさんへの労りを帯びているように感じられます。視野を広げれば、そういった人々との出会いや、研究者が健全に研究できる「当たり前であるはずの」環境を見つけることができるかもしれません。私たちにその手助けができれば、これ以上の幸せはありません。