フィジカルAIは、ヒューマノイドだけを指す言葉ではありません。産業用ロボットや自律搬送ロボット、検査・ピッキング、建設機械、自動運転、デジタルツインなど幅広い領域を含みます。本稿では、各社の戦略の違いが表れやすいヒューマノイドと産業用ロボットを中心に、日本の製造業各社の動きを見ていきます。
安川電機:産業ロボット基盤とヒューマノイドの両輪
安川電機はACサーボモーターで世界有数のシェアを持ち、同社が「業界に先駆けた」と位置づける自律型ロボット「MOTOMAN NEXT」を展開しています。2026年7月には、ソフトバンクのAIデータセンターGPUクラウドとNVIDIAの技術を活用し、MOTOMAN NEXTがワイヤーハーネスのような柔軟物を認識・把持・操作する実証を行ったと発表しました(1)。
ヒューマノイド分野では、2025年にヒト型ロボットを開発するスタートアップ・東京ロボティクスを完全子会社化しています。安川電機のモーター技術と東京ロボティクスのロボット技術を組み合わせ、ヒューマノイド向けアクチュエーターの開発期間短縮を目指すとしています(2)。また、富士通が主導するフィジカルAIの事業機会検討にも、ファナック・川崎重工業とともに参加しています(3)。NVIDIAの計算・ロボティクス基盤の活用、富士通との事業機会の検討、ソフトバンクとのGPUクラウド実証と、各社との関係はそれぞれ異なる位置づけになっています。
ファナック:産業ロボット基盤に賭ける
ファナックは、富士通・安川電機・川崎重工業との協業発表の中で、NVIDIAの技術を活用しながらROS 2やPythonなど開放的なプラットフォームへの対応を進めていると説明しています(3)。その一方で、完成品としての二足歩行ヒューマノイドを自社開発する競争からは距離を置いているとの報道もあります(4)。
2027年末までに米国ミシガン州で約9,000万ドル(発表時のレートで約143億円)を投じ、延べ約7万8,000平方メートルの新施設を建設する計画も発表しました。将来的なロボット生産能力の拡大に備えることが目的で、フィジカルAIやデジタルツインなどの需要拡大への対応が理由に挙げられています(5)。同じ「フィジカルAI対応」でも、完成品のヒューマノイドに参入するのか、既存の産業ロボット基盤を強化するのかで、各社の賭け方は異なるようです。
トヨタ・ホンダ:自動車メーカーも研究を加速
トヨタは、2012年発表の生活支援ロボット「HSR」の研究から得た知見をもとに、2026年3月に新型ロボット「ELEY」を発表しました。関節アクチュエーターに準ダイレクトドライブ(QDD)方式を採用し、外力によって関節を動かしやすくする「バックドライバビリティ」を高めることで、周囲の環境にやさしく接触できる構造を目指しています。関節構造を人間に近づけることで、模倣学習を活用したフィジカルAIとの親和性を高める狙いもあるとしています(6)。
ホンダは「Humanoids Summit Tokyo 2026」で、新型の多指ハンド技術を一般公開しました。最大指先力は人間の約2倍とされ、M1.6サイズの微小なねじを回せる繊細さも備えているといいます(7)。
ナブテスコ・ハーモニック・ドライブ・日本精工:部品側から仕掛ける
中大型の垂直多関節ロボットの関節向け精密減速機で世界シェア約60%を持つナブテスコは、既存の産業ロボット市場で強固な事業基盤を築いています(同社発表による自社推計)(8)。一方、小型・軽量ロボット向けの波動歯車装置(ハーモニックドライブ)を手がけるハーモニック・ドライブ・システムズは、2021年に約65億円の設備投資を発表し、2022年に長野県安曇野市の有明工場へ新ラインを導入しました。穂高工場と有明工場を合わせた国内生産能力は、月産約15万台から約22万台へ増強されています。産業用ロボットや半導体製造装置向けの需要増加への対応が目的とされています(9)。日本精工(NSK)は、ヒューマノイドロボット向けにロータリーアクチュエータとリニアアクチュエータを開発しており、2028年の市場投入を計画しています(10)。
「出遅れ」は評価軸次第
日本は長年、欧州と並ぶ産業用ロボットの中心地であり、モーター・減速機・制御という強固な産業基盤を築いてきました。一方、生成AIや基盤モデルを組み込んだ汎用ヒューマノイドの完成品開発や、大規模な資金調達の面では、米中企業が先行しているとの指摘もあります。何を基準にするかによって評価が変わる点には注意が必要です。
減速機分野では、中国のLeader Harmonious Drive Systems(通称:Leaderdrive)が、世界市場でシェア2位、中国市場で首位と報じられています。同社は量産能力を拡大しており、2026年には年間100万台規模への増強を計画しています(11)。日本メーカーは高精度・高剛性・耐久性に強みを持つ一方、中国メーカーは量産規模や価格競争力を高めています。
「製造業が強み」の再現性
日本は、フィジカルAI産業を構築するどの工程において、どんなレベルの技術を持って優位性を発揮できるのでしょうか。
現場の技術者が本当に知りたいのは、世界の動きより手元で何をすべきか、ではないでしょうか。
「関節・駆動系にはどの部品に、どの性能が、どの水準で求められるのか」「今のボトルネックはどこにあるのか」——ここまで踏み込んだ話は、企業の公式発表だけでは見えてきません。
最後に、こうした問いに踏み込む、研究開発者向けのオンラインイベントをご紹介します。
フィジカルAI 研究開発の最前線を語らうオンラインイベント
「フィジカルAIで日本はどう戦うか」
- 日時:2026年8月4日(火)14:00〜15:30
- 形式:オンライン(Zoom)/参加費:無料
- 登壇者:石川一洋 氏(株式会社MUSE 取締役CTO)/浅谷学嗣 氏(株式会社MW Head of AI / Robotics)
- 参加申込みはこちら
「実際問題、何の技術がどのレベルで必要なのか」を、現場の研究開発者目線で掘り下げます。
出典
- ソフトバンクと安川電機、フィジカルAIの開発基盤として「AIデータセンター GPUクラウド」を活用し、柔軟物体ハンドリングシステムを実証 - ソフトバンク(公式プレスリリース). https://www.softbank.jp/corp/news/press/sbkk/2026/20260713_01/
- 東京ロボティクスの全株取得 安川電機、ヒト型ロボに投資 - 日本経済新聞. https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC03AAP0T01C25A0000000/
- Fujitsu to explore physical AI development and implementation across industries with FANUC, Yaskawa Electric, and Kawasaki Heavy Industries integrating NVIDIA technology - Fujitsu Global(公式プレスリリース). https://global.fujitsu/en-global/pr/news/2026/07/16-01
- ロボ大手2社の戦略 人型との距離に違い - 日経クロステック. https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/mag/nc/18/050600547/050600002/
- FANUC America Announces $90 Million Investment to Create Production-Ready Capacity for Robot Manufacturing in the U.S. - FANUC America(公式プレスリリース). https://www.fanucamerica.com/press-releases/fanuc-america-announces-90-million-investment-to-create-production-ready-capacity-for-robot-manufacturing-in-the-us
- やさしく触れることで未来を変える - トヨタ自動車株式会社(公式サイト). https://global.toyota/jp/mobility/frontier-research/44105139.html
- ホンダ・ロボティクスプロジェクト初公開! ヒューマノイド用多指ハンドのブレイクスルーを実現…Humanoids Summit Tokyo 2026 - ロボスタ. https://robotstart.info/article/2026/06/01/381959.html
- 会社概要 - ナブテスコ株式会社 精機カンパニー(公式サイト). https://precision.nabtesco.com/ja/company/
- ハーモニック、有明工場にライン新設 精密減速機46%増強 - 日刊工業新聞. https://www.nikkan.co.jp/articles/view/615539
- ロボティクス領域に向けたアクチュエータを開発 - 日本精工(公式プレスリリース). https://www.nsk.com/jp-ja/company/news/2025/robotics-actuators/
- ヒューマノイドが主役に——中国ハーモニック減速機大手、純利益2倍超の快走 - 36Kr Japan. https://36kr.jp/493448/