私たちが日常生活で経験する出来事の多くは、時間とともに色褪せていき、長く記憶として残るものはごく一部にすぎません。これまでの研究から、記憶の固定化にはその日の睡眠が重要であることが示されてきましたが、どの出来事が記憶に残るのか、そのメカニズムは明らかになっていませんでした。

今回の記事では、この課題に挑んだ最近の論文「Selection of experience for memory by hippocampal sharp wave ripples (1)」をご紹介します。

この研究によれば、覚醒時に脳が休んでいる際に、海馬で発生する特徴的な脳波である鋭波リップル(sharp wave ripple; 以下、リップル波)とともにより多く再活性化(リプレイ)された出来事は、睡眠時にも高い頻度でリプレイされ、記憶として定着されやすいことが示されています。


記憶選別のメカニズムを探る

我々は日常生活を送るうえで様々な出来事を経験します。しかし、記憶に残るのは限られたものだけです。この「記憶の選別」は脳の中でどのように行われているのでしょうか。これまでの研究で、もの新しさ(新規性)や、報酬といった価値と関連した出来事が記憶として残されやすいことが分かっています(23)。その際、睡眠時に海馬において生じる特徴的な脳波である「リップル波」が重要な役割を果たしていると考えられてきました。

実際に、新奇性や報酬と関連した出来事は、海馬リップル波の発生に関与し、優先的に記憶されると考えられています(45)。また、近年の研究により、リップル波は睡眠時に限らず覚醒時にも観察され、睡眠時と同様に価値情報によってその発生頻度が増大することも分かってきています(5)。

今回紹介する論文では、覚醒時により高頻度のリップル波を誘導した出来事は、そのリップル波が睡眠時にも高頻度で繰り返し再生されることで長期記憶として保存されるのではないかという仮説を検証しています。


長期記憶のメカニズム:
海馬のリップル波とリプレイの関係

海馬はエピソード記憶や空間記憶に重要な脳部位として広く知られています。海馬には、動物が特定の空間にいるときに活動する「場所細胞(Place cell)」と呼ばれる神経細胞が存在します。

場所の情報がどのように記憶されるのかを簡単に説明しましょう。例えば、マウスが探索行動を行う際、マウスが移動する軌跡に応じて、特定の場所細胞が順番に活動します。その後、睡眠中や覚醒中の安静時や睡眠中に、一部の場所細胞が経験時と同じパターンでリップル波と共に「再活性化(リプレイ)」されます。場所細胞の集団的な活動パターンは、マウスの移動の軌跡という情報をコードしており、より多くリプレイされた情報は記憶として定着されやすいと考えられています。

さて、リップル波とは、150-250Hzの周波数帯の脳波を指します。脳波は様々な周波数帯に分解できますが、リップル波はその中でも特徴的な高周波成分で、前述した場所細胞のリプレイは、このリップル波と同期して生じていることが分かっています。

したがって、リップル波が生じるとき、場所細胞が経験時と同じような活動パターンでリプレイしており、これがリップル波が長期記憶の形成に関わっているとされる理由です(6)。


起きているときのリップル波が
経験を選別する

それでは論文の内容に移りましょう。本研究では、マウスが迷路を周回している間と休息時に水を飲んでいる間の、海馬における神経細胞の活動を記録しました。時空間解像度の高い神経活動可視化ツールと高度な解析技術を用いて、迷路を周回中の海馬における神経細胞の集団的な活動パターンが、マウスの移動軌跡だけでなく、何周目かという周回数の情報も保持していることが明らかにました。

また、休息時に生じたリップル波が、その直前の迷路走行中に生じた細胞集団の活動パターンをリプレイしていること、さらに給水のために立ち止まる休息時間が長いほど、より多くのリップル波が生じることが分かりました。次に、課題後の睡眠時におけるリップル波を調べた結果、睡眠時のリップル波が、覚醒時に最も頻繁にリップル波が生じた周回の神経活動パターンを多くリプレイしてことが明らかになりました。

これらの結果から、覚醒時にリップル波によって何度もリプレイされた細胞集団が、睡眠時にもより多くリプレイされることが示唆されました。これにより、記憶の選別は、覚醒時、特に休息時におけるリップル波のリプレイ頻度によって決定されていることが示唆されました(1)。


獲得と記憶:脳の二つのアルゴリズム

哺乳類は一般的に、行動と休息を交互に繰り返します。例えば、我々は仕事や勉強などの集中した後に短い休憩を取ります。今回の論文は、このような休息が単に体や脳を休めるためだけでなく、行動で得た情報を整理する時間として機能することを示唆しています。覚醒時休息中におけるリップル波は、活動中に生じる様々な神経活動から、覚えるべき出来事を表象する活動を選別する役割を果たしている可能性があります。

行動により感覚器を通じて得た情報と、休息中の情報の整理、この動と静を交互に繰り返すサイクルは、我々の記憶という高度な脳機能を支える自然な生理リズムと考えられます。本論文の結果は、記憶力の向上や、トラウマ的な負の記憶を軽減する治療法などに応用できる可能性があります。


おわりに

これまでの研究から、睡眠時および覚醒時に海馬で生じるリップル波が記憶形成に寄与することはわかっていたものの、記憶する出来事を選別するメカニズムについては分かっていませんでした。

本研究では、覚醒時にリップル波と共にリプレイされる頻度が出来事のタグとして機能し、睡眠時にリプレイされる情報を決めていることを明らかにしました。

この結果は、我々の日常生活においても複雑なことを覚えたり学んだりする際には、合間の休息が効果的であることを裏付けるでしょう。


参考文献

  1. Selection of experience for memory by hippocampal sharp wave ripples.
  2. Long-duration hippocampal sharp wave ripples improve memory.
  3. Retroactive and graded prioritization of memory by reward
  4. The role of experience in prioritizing hippocampal replay
  5. Rewarded Outcomes Enhances Reactivation of Experience in the Hippocampus
  6. Hippocampal sharp wave-ripple: A cognitive biomarker for episodic memory and planning.