CASGEVYのような遺伝子編集治療は、すでに承認され、商業利用も始まっています。CRISPR Therapeuticsの公式発表によると、CASGEVYの2025年の売上は1億1,600万ドルで、同年に64人が投与を受けました。ただし、承認された治療が存在することと、必要とする患者に広く届くことには、なお距離があります(1)。

普及に向けた課題は、「編集精度」「送達技術」「製造能力」「医療制度」の4つに整理できます。ただし、最大の制約は治療方式や開発段階によって異なります。体内で直接編集するin vivo治療では標的細胞への送達が重要になり、CASGEVYのように患者自身の細胞を体外で編集するex vivo治療では、患者ごとの製造と治療施設の受け入れ体制が普及を左右します。

本稿では、この違いを踏まえ、遺伝子編集治療を患者に届けるうえで何が制約になっているのかを見ていきます。なお、疾患の原因に働きかける治療であっても、すべての患者で完治や生涯にわたる効果が保証されるわけではありません。

編集精度
—進歩しているが、安全性評価は続く

塩基編集やプライム編集は、DNAの二本鎖切断を基本的に必要とせず、狙った配列を変更する技術です。プライム編集の原著論文では、ヒト細胞で塩基置換や小規模な挿入・欠失が実証されました(2)。

ただし、二本鎖切断を避けられることは、意図しない変化がなくなることを意味しません。編集手法や標的によって、標的以外の配列を変えるオフターゲット編集や、編集効率のばらつきが課題になります。塩基編集では、編集範囲内にある目的以外の塩基も変わる「バイスタンダー編集」への対応も必要です(3)。

FDAは、ゲノム編集治療の開発において、オフターゲット編集や意図しないゲノム変化を含む安全性・品質の評価を推奨しています。承認済みのCASGEVYの米国添付文書にも、患者の遺伝的な違いに伴うオフターゲット編集のリスクは否定できないと記載されています(4)(5)。

編集精度は改善が進む領域ですが、「解決しつつある」と一括りにするのは早計です。目的の編集を十分な効率で実現できるかと、その結果が長期的に安全かを、治療ごとに確かめる必要があります。

送達技術
—in vivo治療の対象を広げるための大きな制約

体内で直接ゲノムを編集するには、編集ツールを目的の細胞まで運び、細胞内で働かせなければなりません。試験管内で高い編集性能を示しても、患者の標的組織に十分な量を届けられなければ治療にはつながりません。

送達手段の一つであるAAVベクターは、搭載容量の目安が約4.7kbと小さく、ベクターに必要な配列もこの容量に含まれます。大型の編集ツールでは、複数のベクターに分割するなどの工夫が必要です。また、送達には搭載容量だけでなく、組織への到達、免疫反応、投与量に応じた毒性といった課題があります(6)。

肝臓以外の組織や特定の細胞を狙うため、脂質ナノ粒子の改良や、ウイルス由来の構造を利用した送達粒子の研究も進んでいます。例えば、抗体を用いて特定の細胞を認識する送達粒子では、ヒト細胞やヒト化マウスで選択的なゲノム編集が示されています。ただし、前臨床での成果と、患者での安全性・有効性の確立は区別する必要があります(7)。

臨床開発では前進と安全性上の課題が並行しています。Intelliaのnex-zでは、2025年10月、患者の重い肝機能異常を受けて第III相試験が保留されました。その後、安全性対策を追加し、2026年1月にMAGNITUDE-2、3月にMAGNITUDEの保留が解除されています。この事例から、送達手段だけを原因と断定することはできません(8)。

一方、同社の別の治療候補lonvo-zは、2026年4月、遺伝性血管性浮腫を対象とする第III相試験で主要評価項目を達成したと発表されました。9月にはFDAが承認申請を受理し、優先審査の対象としています。ただし、2026年10月2日時点では未承認です(9)(10)。

送達技術は、特にin vivo治療の適用範囲を広げるうえで大きな制約です。その改善には、到達率だけでなく、必要な投与量と安全性を合わせて評価することが欠かせません。

製造能力
—治療方式ごとに違う「安定して作る」難しさ

製造の課題は、遺伝子治療全体で共通ではありません。ウイルスベクターを使う治療と、患者自身の細胞を加工する治療では、必要な設備も品質管理も異なります。

CASGEVYは、AAVやレンチウイルスを使わず、患者自身の造血幹細胞を体外で編集する細胞治療です。採取した細胞を編集し、患者に戻すため、細胞の確保、患者ごとの加工と品質確認、輸送、投与日程の調整を一連の工程として成立させる必要があります(1)(5)。

2025年には、世界で147人が初回の細胞採取を受け、64人がCASGEVYの投与を受けました。ただし、これらは同じ年の別の工程の件数であり、同一の患者集団を追跡した割合ではありません。採取から投与までには時間がかかるため、両者の差をそのまま製造の失敗や能力不足とみなすことはできません(1)。

製造上のボトルネックを把握するには、設備の規模に加え、採取から投与までの期間、品質基準を満たす割合、再採取や再製造の頻度などを見る必要があります。「何人分を作れるか」と「患者に予定どおり届けられるか」を合わせて評価することが重要です。

医療制度
—薬剤の承認だけでは治療は完結しない

CASGEVYでは、細胞の採取と製造に加え、投与前の骨髄破壊的な前処置、投与後の管理が必要です。EMAは、承認された施設で、造血幹細胞移植と対象疾患の治療に経験のある医師が投与することを求めています(5)(11)。

この施設要件は、安全に治療するための条件です。一方、その条件を満たす施設へのアクセスを確保しなければ、承認済みの治療でも患者に届きません。病床や専門スタッフに加え、患者と家族の移動・滞在、仕事や生活の調整も、治療を受けるための課題になります。

支払いの仕組みも重要です。Cencoraが2026年に公表した米国の保険者側の調査では、回答者の79%が長期の有効性・安全性への不確実性、74%が高額な初期費用を償還上の課題として挙げました。これは調査対象者の回答であり、すべての保険者を代表する数字ではありません(12)。

米国CMSのCell and Gene Therapy Access Modelは、鎌状赤血球症の遺伝子治療を対象に、参加州のMedicaidとメーカーの成果に応じた契約を支援しています。価格の割引や治療成果に応じたリベートに加え、アクセス条件の共通化、データ収集、妊孕性温存の支援なども組み込まれています。制度は普及の制約であると同時に、制約を緩和する手段にもなります(13)。

低中所得国では、費用だけでなく、研究・製造・臨床・規制の基盤や専門人材の整備も課題です。2020年に設立されたGlobal Gene Therapy Initiativeは、こうした国々を遺伝子治療の開発と提供に組み込むことを目指してきました。普及を考える際には、承認国での提供拡大と、国際的なアクセス格差の両方を捉える必要があります(14)。

4つの壁のうち、どれが最大か

最大のボトルネックは、治療方式と開発段階によって異なります。それでも、遺伝子編集治療、特にin vivo治療をより多くの疾患へ広げるという観点で、強いて一つを挙げるなら、本稿では送達技術を最大の壁と考えます。編集ツールの精度が高くても、目的の細胞に、安全かつ十分な量を届けられなければ治療にはつながらないからです。送達方法の選択肢と性能は、治療対象となる臓器や細胞の範囲を左右します(6)(15)。

一方、CASGEVYのように承認まで到達した治療では、患者ごとの製造、前処置や入院を担う施設、費用負担の仕組みが、実際の普及を左右します。治療対象を広げる段階では送達が、承認済みの治療を患者に届ける段階では製造と医療制度が、大きな壁になるという整理です。送達を最優先とする判断は、すべての治療で共通する順位づけではありません(1)(5)(11)(13)。

送達の改善は、ほかの壁を低くする可能性もあります。少ない投与量で必要な編集を実現できれば、製造すべき量や投与に伴う負担を減らせる可能性があります。ただし、実際の製造費や治療費への影響は製品・工程によって異なります。編集精度と長期安全性の評価も引き続き必要であり、送達の改善だけで普及が実現するわけではありません。

商業化の進捗を測るには、「どの細胞を、どれだけ安全に編集できたか」に加え、「必要とする患者が、どれだけの時間と負担で治療を受けられたか」を見る必要があります。治療対象の拡大を阻む送達の壁を突破し、その成果を安定した製造と持続可能な医療提供につなげられるか。そこに、遺伝子編集治療を限られた成功例から、広く利用できる治療へ変えるための核心があります。

出典

  1. CRISPR Therapeutics「CRISPR Therapeutics Provides Business Update and Reports Fourth Quarter and Full Year 2025 Financial Results」
  2. 「Search-and-replace genome editing without double-strand breaks or donor DNA」(Nature)
  3. 「Engineered base editors with reduced bystander editing through directed evolution」(Nature Biotechnology)
  4. FDA「Human Gene Therapy Products Incorporating Human Genome Editing」
  5. FDA「CASGEVY Package Insert」
  6. 「Adeno-associated virus as a delivery vector for gene therapy of human diseases」(Signal Transduction and Targeted Therapy)
  7. 「In vivo human T cell engineering with enveloped delivery vehicles」(Nature Biotechnology)
  8. Intellia Therapeutics「Intellia Therapeutics Announces FDA Lift of Clinical Hold on MAGNITUDE Phase 3 Clinical Trial in ATTR-CM」
  9. Intellia Therapeutics「Intellia Therapeutics Reports Positive Phase 3 Results in Hereditary Angioedema, Marking a Global First for In Vivo Gene Editing」
  10. Intellia Therapeutics「Intellia Therapeutics Announces FDA Acceptance of Biologics License Application with Priority Review for Lonvoguran Ziclumeran (Lonvo-z) for Hereditary Angioedema (HAE)」
  11. EMA「Casgevy」
  12. Cencora「Cencora Report Reveals Payer Trends Shaping Coverage for Cell and Gene Therapies」
  13. CMS「Cell and Gene Therapy Access Model」
  14. 「Towards access for all: 1st Working Group Report for the Global Gene Therapy Initiative (GGTI)」(Gene Therapy)
  15. 「Advanced delivery systems for gene editing: A comprehensive review from the GenE-HumDi COST Action Working Group」(Molecular Therapy – Nucleic Acids)